過敏性腸症候群(IBS)
疾患概要
長年にわたり「便秘・下痢・腹痛」などの症状を繰り返しながら、しかもいろいろ検査をしても大腸に潰瘍や炎症などが見られず、腸の動きや働きに異常が現れる疾患です。「腹痛があり、最近3ヶ月は平均して少なくとも週に1日あり、その腹痛が排便と関連したり、腹部の症状の始まりが排便の回数や便の硬さの変化から現れる」などと定義されており、生活習慣、体質、心理的因子などさまざまな因子が関係しておこると考えられています。
当院の調査では16.5%、つまり6人に1人の割合で過敏性腸症候群の方がいることが確認されています。諸外国の調査や国内の調査でも同様の結果で14~22%とされており、特別な病気ではなく多くの人が経験しているということを表しています。尚、過敏性腸症候群の症状を持ちながらも病院を受診せず放置している方が2人に1人で、病院を受診される方は6~7人に1人でした。過敏性腸症候群と似たような症状でも、腸に炎症があったりすることもありますので、まずは医療機関を受診して、正しい診断を受けることが大切です。
症状によって、便秘型と下痢型、この二つを合わせた便秘と下痢を繰り返す交替型(混合型)の3つのタイプに分けられます。
症状
便秘・下痢・便秘と下痢をくりかえす・腹痛がある・おならが頻繁に出る・ガスがたまって苦しい・お腹がはる・残便感がある。
- 腹部症状
- 腹痛、キリキリとした痛み、鈍い痛み、差し込むような痛みなど
様々な表現をされますが、お腹の左下腹や上腹部などの痛みを訴える人が多く、痛みを感じるのは食後や早朝、排便の前が多いようです。排便によって痛みが軽くなります。
- 腹部不快感
お腹がすっきりしない状態でお腹が張る、空腹でもないのにお腹がグルグル鳴る、すっきりしないなど
- 排便状態
- 便秘や下痢、または便秘と下痢を繰り返す
- 排便後すっきりせず、何回もトイレに行く
- 実際に排便はないが、何回もトイレに行きたくなる など
- その他の症状
不眠、肩こり、頭痛、食欲不振、手足の冷え、倦怠感など全身の症状が現れます。
また、不安感や気分の落ち込み、イライラ感などの心理的な症状を伴います。
原因
腸は自律神経によって動かされていて、自分の意思で動きを止めたり動かしたりできず自動的に動いていますが、生活が不規則であったり、心身の疲労やストレスがたまっていると、腸の動きのリズムが乱れ、腹部や排便の状態に影響を与えます。
- 大腸の運動異常
腹痛や排便の異常は大腸が痙攣したり、運動が亢進(速く動きすぎる)や停滞(動きが鈍る)が関係しています。便秘型では腸のハウストラ(くびれ)が大きく、ゆっくりとした動きです。逆に、下痢型は動きが速く、便秘下痢交替型はその双方の特徴を備えています。
近年は、大腸の動きだけでなく小腸の運動機能にも問題があるとの報告もあり、研究が進められています。
- 腸の過敏性
冷たいものを飲むと、お腹がグルグルとなる人がいます。これは冷たいものや刺激の強いもの(香辛料がよく効いたもの)が腸に刺激を与えて腸の運動が活発になるためです。過敏性腸症候群の患者さんはこの反応が強く出るため下痢や腹痛になったりします。逆に腸が強く収縮しすぎて便を送り出すような運動にならず便秘になる人もいます。腸が刺激されると疼痛を感じることがありますが、その痛みを普通の人より強く感じて強い腹痛になる傾向があります。このように刺激に対して過敏に腸が反応することが症状につながります。そこには個人差があり症状の程度に差が現れます。
- ストレスとの関係
当院の調査で、ストレスの度合いが高い人ほど過敏性腸症候群の症状が強く現れるという結果や、病院を受診した過敏性腸症候群の人は不安や緊張感、気分の落ち込みなど心理的な症状を持っている人が多いという結果もあります。過敏性腸症候群とストレスが密接に関係していることが推測されます。
ストレスのランク付けに関する欧米の研究では、配偶者の死によるストレスが最も高くなっています。生きている中で起きるいろいろな出来事がストレスになりえます。一見、結婚や就職、出産、進学、昇進などおめでたいと思える出来事も、これまでの生活パターンとの変化をもたらし、心もその影響を受けることによるものと思われます。また、ストレスは心理的なストレスだけでなく、暑さや寒さ、騒音、疲労などもその原因となりえます。時々「私はストレスはありません」と言われる方がおられますが、ストレスは人生の刺激剤でもあり多少あった方が心の健康には役に立つようです。
一方、過敏性腸症候群の症状自体がストレスになっている方もいらっしゃいます。外出しなければならないがトイレがないと不安、お腹が鳴ったらどうしようと心配される場合で、ますます腸が緊張し症状が出やすくなるという悪循環をもたらしていることもあります。このような場合は、心療内科など専門医に相談されることをお勧めします。
検査
IBSでは炎症や腫瘍などの身体の異常がないことが前提です。血便、発熱、体重減少などの身体疾患を示唆する症状がある場合は必ず検査を行い、感染性腸疾患、潰瘍性大腸炎、クローン病など、他の病気でないことを確認する必要があります。主に以下の検査があります。
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血液検査
血液を採取して、血液中のいろいろな成分を測定します。
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便潜血検査2日法
2日間の検便で、便に血液が混じっていないか調べます。
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腹部単純X線検査
X線(レントゲン)で腹部の撮影を行い、臓器、消化管ガスや便の状態を調べます。
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腹部超音波検査
エコー(超音波)を利用して、肝臓、胆嚢、膵臓、脾臓、腎臓などの臓器を観察します。
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全大腸内視鏡検査
肛門より内視鏡を挿入して、大腸全体の粘膜の状態や炎症・腫瘍の有無を調べます。下剤による前処置が必要です。
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経口大腸造影検査
食物が排泄されるまでの便の通過状態や大腸の緊張の程度と形態などをX線(レントゲン)で調べます。
診断
過敏性腸症候群の診断は二段階に分けて行われます。
- 器質的疾患(炎症や腫瘍など目に見える病気)が無いことを確かめる
- 血液検査、大腸内視鏡検査、X線検査など
これらの検査も全ての人に一律に行うのでなく、発熱、血便、体重減少など器質的疾患の疑わしい人には詳しく、そうでない人には簡単に行います。
- 症状が過敏性腸症候群に一致するかを確かめる
腹痛があり同時に便秘または下痢があることが大前提で、
- 腹痛と便通が関連している
- 腹痛が始まると便秘または下痢になる
という特徴を備えている必要があります。また、これらの症状が長期間(数ヶ月以上)続いている必要があります。また、排便後に便が残った感じ、トイレに行きたくなると我慢できなくなる感じ、トイレに行ってもスムーズに便がでない感じなどがあると診断の参考になります。
これらの条件は「RomeⅣ(ローマ・フォー)」と呼ばれる診断基準にまとめられ、全世界で使われています。
治療
過敏性腸症候群の方の治療で基本となる考え方は次のとおりです。
- 検査をして他の身体の病気がないことを確かめます
- 過敏性腸症候群がどのような病気なのかについて説明します
- 症状だけでなく、患者さんの生活全体を考えながら治療をします
主な治療方法には、食事療法などの日常生活ケア、薬物療法、心理療法などがあります。
日常生活のケア(食事療法など)
- 生活指導
基本的には規則正しい生活をおくるための約束事の確認となります。
- 不摂生をせず睡眠を十分とること
- 適度な運動をすること
- 旅行や趣味などでのリラックスをはかる
- 一定時刻に排便をして排便習慣を身につけること
- 食事指導
規則正しい食習慣を心がけることから始まります。その上で、それぞれ過敏性腸症候群の特徴にあわせた注意点に気をつけてもらいます。
- 下痢型
刺激性のある食品(香辛料のよく効いた物など)をさける
- 便秘型
繊維の多い食品(野菜、きのこなど)をたくさん食べる
- ガス型
炭酸飲料をたくさん飲んだり、繊維性食物をたくさん食べるのをさける
※時に生活指導や食事指導にこだわりすぎてかえって症状が悪くなる場合もあります。バランス感覚も大事です。
薬物療法
症状に応じて主に消化管作動薬(抗コリン薬、緩下剤、止瀉剤、整腸剤、腸運動機能調整薬)、抗不安薬、抗うつ薬、睡眠薬などを使用します。
- 消化管作動薬
便通に応じて下剤(弱いものから始める)や下痢止めを使用します。腹痛に対して抗コリン剤や腸運動機能調整薬を用います。
- その他の薬
不安や緊張が強い方には抗不安薬(安定剤)、抗うつ剤や睡眠薬を使用することがあります。
薬については、個人によって作用が異なることもあります。薬の使用について心配なことがある場合などは、医師や薬剤師とよく話し合い調整しながら使用することが大切です。
心理療法
支持的精神療法が基本です。患者さんが話される症状や事柄をよく聴き、患者さんの困り方や気持ち、感じ方を共有できるように努めます。その上で、症状や心理社会的な問題に応じて説明、保証、助言などを行います。必要に応じて、専門的な心理療法の併用を考えます。
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心療内科
原因の分からない身体の不調が起こり、病院を受診してもなかなか診断がつかないような症状に対して、心の部分も含めて診るのが心療内科です。心身ともに辛い状況に置かれている患者さんが安心して治療に専念し、日常生活が送れるよう、医療ソーシャルワーカーとともに、各診療科やセンターと連携しながら患者さんに寄り添う診療をしています。
心療内科部長